日時
場所
かつて喫茶店等で盛んに行われていた学生同士の議論を復活させ、「百万遍談議」として継続的に実施していきます。
授業ではありませんので、なにかこうしなければいけないという義務はなく、単に興味があるから参加して、人の話をきき、自分の考えを述べる。それだけです。
毎回のテーマに関して、あらかじめ知識が必要となるわけではありません。
唯一お願いするのは、毎回提示される「書物」あるいは「短文」を読んでくること。
また、「議論」はしますが、なにか結論を導こうとして話をするわけではありません。テキストを読んで思ったことを自由に話してもらえばいいわけで、もちろんその場で誰かの発言をきいて思いついたことを話しても結構です。
「人はこんなことを考えているんだ」ということを知るだけでも楽しいですし、さらには、自分の考えを人にきいてもらうことの楽しさも、大学生に与えられたある種の特権です。
気軽な気持ちで参加してください。
いろいろな人と人、人と言葉あるいは考えの出会いが生まれることを楽しみにしています。
談議のテーマは「他者や現実の不確かさについて」というテーマについて、ともに考えてみたいと思います。
テキストは、下記の申し込みフォームに記載のリンクからダウンロードして読んでください。
テーマ・話題提供者
「他者や現実の不確かさについて」中島未緒(文学部2回生)
世話人
粉川尚枝(人と社会の未来研究院 特定助教)
対象
京都大学学部学生・大学院生(正規生)10名 ※学部生優先
使用言語
日本語
費用
無料
お申し込み
事前申し込み制のため、申し込みフォームよりお申し込みください。 受付終了
- 先着順 / 定員に達し次第、受付終了
- 当日参加不可
開催報告
- 参加者:7名
[内訳]
2回生1名(文学)
3回生1名(農学)
4回生2名(文学・教育学)
修士課程3名(理学・農学・人環)
- 談議メモ
今回は大きく二つの点が注目を集めた。
一つ目は、「自己」と「他者性」の関係についてである。私達が当然視している「自分」という概念は何によって規定されるのか。話題提供者の中島氏が自分にとってままならない他者の存在こそが自己を確からしめていると述べた一方で、「現代では自分だけで存立する心的傾向の人が増えている」という見解も臨床現場にはあるらしい。「今質問している私は本当に存在していると思うか?」という参加者からの質問に、「五分五分」と回答する中島氏。思わず笑いつつも否定はしない参加者一同。現代では他者の存在は自明ではなくなっているのだろうか。人間は常に外界の「想定外」を楽しむからこそ人間なのではないかという核心的な意見でひとまずコンセンサスを得た。
二つ目は芸術と自己の感覚についてである。ピアノ演奏者でもある中島氏は、コンサートホールの舞台で演奏している時、自分だけが世界にいる様な不思議な感覚になるという。そこから、音楽に限らず何らかの創造的な営みが極まると、自己と他者の境界が曖昧になり、主客未分離の状態となるのではという話に議論が移る。いわゆる「ゾーンに入る」状態で、参加者の中にも経験ある人は多かった。創造性・芸術性の極致に至ると現れるこの主客未分離の「ゾーン」は、人類普遍的な現象なのか東洋的な感覚なのかという点も議論になった。また、仮にその境地では主客の境界が消滅するとしても、そこに至るまでの研鑽は確固たる主体、つまり「私」の行為ではないかという鋭い指摘も出たのだった。
記録:数間俊哉(人間・環境学研究科)
お問い合わせ
総合研究推進本部 百万遍談議担当
E-Mail:kura-jinsha*mail2.adm.kyoto-u.ac.jp *を@に置き換えてください