京都大学総合研究推進本部

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【研究力分析の現場から 第2回】実績(エビデンス)によって、未来は描けるか?——数値の限界を「余白」と捉え、自らの価値を再定義する

前回(第1回)は、「Top10%論文割合(Q値)」という指標が、研究の何を測り、何を測り損ねているのかを確認することで、単なる数字の多寡を超えた『研究の質』を問い直す視座を共有しました。

この指標は、本学が国際的に卓越した研究大学として歩む際の、一つの重要な指針(マイルストーン)でもあります。しかし、数値として集計される情報の背後で、この測定法では拾いきれない学術的・社会的な貢献を、私たちは組織としてどれだけ具体的に説明できているでしょうか。

今回は、数値のみに評価を委ねるのではなく、数値を自らの価値を再構築するための「対話の補助線」へと変えていくための視点を探ります。

「測りすぎ」を超えて:世界で進む研究評価改革

国際的な科学技術政策の議論においては、研究評価システムのあり方が大きな転換期を迎えています。単一の計量指標への過度な依存を見直し、より包括的な視点を重視する動きが加速しており、その象徴が、「研究評価に関するサンフランシスコ宣言(DORA)」や、欧州を中心に進む「研究評価改革に関する連合(CoARA)」です。これらは、学術誌のインパクトファクターのような数字が研究そのものの質を代替して表すことはできないと明言し、より多角的で定性的な評価への移行を提唱しています。

こうした背景には、ジェリー・Z・ミュラーが『測りすぎ』で警告した「測定基準への執着」がもたらす機能不全への危機感があります。指標が採用・昇進などの人事評価や資源配分の直接的な条件(EBPMの誤用)となった瞬間、研究者の行動が「数字を稼ぐこと」に最適化され、本来大切にすべき独創性や長期的な挑戦が損なわれてしまう。この副作用を乗り越えるために、いま、評価の焦点を数値指標から定性的な評価、特に高度化されたピアレビューを中心とした質的評価へと移行する試みが始まっています。

研究の質を研ぎ澄ます「高度なピアレビュー」:NIHの挑戦

定性的な評価とは、決して主観的な甘い評価を意味するわけではありません。むしろ、数字という簡略化された物差しのみに頼るよりもはるかに厳格な、プロフェッショナルな知性と論理的な判断が求められます。その実践例として日本学術会議の提言で紹介されているのが、米国国立衛生研究所(NIH)のグラント審査です。この提言で紹介されている特徴は以下のようなものです。

  • 徹底した書面審査と熟議: 専門分野別審査会において、複数の審査員が詳細な申請書を数日かけて読み込みます。「研究意義」「革新性」「研究者の能力」「妥当性」「環境」の5項目に対し、強みと弱みを記述し、9段階でスコア化。その後、審査員同士対面でのディスカッションを経て最終的な採否が決まります。
  • ナラティブの重要性: 特筆すべきは、外部データベース(Scopus等)による指標情報は提供されず、使用も推奨されないという点です。評価の根拠は外部の統計ではなく、申請者が自ら申請書上で構築した「論理と証拠」に求められます。
  • バイアス排除と育成: 審査員には事前に無意識のバイアス排除のトレーニングが義務付けられ、著名性ではなく内容で判断するという評価規範が徹底して共有されています。また、改善に向けた詳細なフィードバックを申請者に返すことで、不採択となった場合でも研究計画の質向上に資する構造となっています。

ここで紹介したのは個人単位の研究費審査の事例ですが、そこには研究組織単位の評価を考える上でも極めて重要な示唆が含まれています。それは、評価を単なる選別に止めず、研究を磨き上げ研究者を育てる「育成ツール」として機能させている点です。

「発見力」を養い、自らの価値を言葉にする

研究評価改革の論点をまとめた日本学術会議の提言では、制度的背景が異なる日本においてこうした事例をそのまま導入することは困難としながらも、定量的なエビデンスだけでなく、ナラティブな質的評価を合わせた評価の重要性が指摘されています。また、ナラティブな評価を含め、専門家によるピアレビューの質向上の余地があるのではないか、という問いも投げかけられています。その際に合わせて重要となるのが、自身の研究や、研究チームとしての魅力、意義を見出し、その価値をエビデンスとともに言葉にする力ではないかと思います。

「指標ではこう見えているが、私たちの真の強みはここにある」

「このデータの背景には、これだけの挑戦と試行錯誤がある」

これらを語る力は、一朝一夕には身につきません。NIHの事例も、多くの試行錯誤と改善を経て辿り着いた一つの現在地点だと思われます。NIHの例で気付かされるのは、自分たちが大切に思い、次世代に継承したい価値を、身近な同僚との「対話」により言語化し始めることの潜在的可能性です。定量的なデータを活用しつつも、この対話と言語化でそれをしっかりと意義づけることにより、研究の価値が認識、あるいは再発見され、共有され、そしてそれが、結果として最も説得力を持つ強固なエビデンス(証拠)となり、その蓄積が財産となりうるのではないでしょうか。

数値指標の限界を指摘するだけでなく、定量的なデータや定性的に言語化されたナラティブをもとに「自分たちが本当に大切にしたい卓越性」を再発見し、共有していく。そのプロセスそのものが、京都大学の研究の伝統をさらに革新していく原動力になるのではないか、と私は考えています。

定量的指標やデータの見方、ナラティブに対する考え方など、URAの間にも多様な捉え方があります。このコラム自体、正解を提示する場ではなく、異なる見解や様々な葛藤を共有する場となり、そこから何のために分析・評価するのか、そのためにはどういう方法がありうるのか、議論する機会へとつながっていけば、と願っています。

日本学術会議. 2025. 『提言「研究の活性化へ向けた研究評価の具体的な改善方策」』. 東京:日本学術会議.
https://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf2/kohyo-26-t394-1.pdf

分析・評価部門 佐々木 結

「研究力分析の現場から」シリーズについて

研究力分析の現場から」シリーズは、総合研究推進本部の研究力分析担当者が、研究力分析の現場で用いられる具体的な指標を題材にしつつ、分析の現場でどのような点に悩み、立ち止まっているのかも含めてお伝えするシリーズです。

研究評価に用いられる指標を一つずつ取り上げながら、「研究力」をどう捉え、どう説明していくのかを考えるコラムシリーズとして、順次お届けしていく予定です。

最初に「皆さんと一緒に考えてみたい」と書きましたように、本コラムを読んで感じたことや、違和感があれば、ぜひ総合研究推進本部までお寄せください。

「うまく言葉にならないけれど気になる」といった段階でも構いません。

どうぞお考えをお聞かせください。